健康ナビQ&A 第2回【多汗症】

健康ナビQ&A

体の悩みや健康に関する疑問を、医師に分かりやすく解説してもらうコーナー

第2回【多汗症】

多汗症治療が専門で、
全国で多汗症に関する講演も行っている
佐々木皮膚科医院 佐々木豪 院長に

お話を聞きました。

佐々木豪 院長
平成10年、国立大学法人東京医科歯科大学大学院修了。東京労災病院などを経て佐々木皮膚科へ。日本皮膚科学会認定皮膚科専門医。東京医科歯科大学皮膚科臨床准教授

佐々木豪院長

― 多汗症は、文字からすると“汗が多い”状態? どのような病気なのでしょうか?

 まず大前提として、人間は誰しも汗をかきますね。汗には以下のようなはたらきがあります。

【汗のはたらき】
・体温調節(暑いときに、発汗により体温の過剰な上昇を防ぐ)
・皮膚表面の保湿・抗菌

汗

 このように適度な量の汗は体を守ってくれていますが、人によっては必要以上に大量に発汗する場合があります。日常生活に支障が出るほどの大量の汗に悩んでいる場合は、多汗症かもしれません。多汗症は、日本人のおよそ10人に1人が悩んでいるともいわれる病気です。

 多汗症には、全身で発汗が多い「全身性多汗症」と、手のひらや脇、顔など体の一部で発汗が多い「局所性多汗症」があります。そのうち局所性多汗症は、他の病気(甲状腺の病気、自律神経失調症、更年期障害など)や、以前受けた手術などが原因となる「続発性多汗症」と、特に原因が見当たらないのに体の一部分の汗が多い「原発性多汗症」の2種類あります。近年、悩んでいる人が特に増えているのが、局所的に汗が多く、その原因が見当たらない「原発性局所多汗症」です。

全身性多汗症

全身性多汗症

局所性多汗症

局所性多汗症

― 増えているという局所性の原発性多汗症。多く見られる年代や、特徴は?

 この病気は発症が25歳以下という若年層が中心で、中高生や大学生の患者さんもいます特に手汗、脇汗の悩みが多いですね。テストの度に回答用紙が手汗で濡れて破れてしまったり、社会人でも重要なプレゼンの資料が濡れるほど手汗が止まらなかったり。脇汗が多い人は、シャツの汗ジミを気にして人前に出るのをためらったり、あるいは汗をかいた後の臭いを気にして何事にも消極的になってしまったり。そのため勉強や仕事に集中できず、発汗に対する恐怖心や精神的負担から「うつ病」を発症してしまう場合もありますし、社会生産性の低下にもつながっているなど、実はとても深刻な問題なのです。

 お子さんが自分の汗に悩んでいても、「汗っかきは代謝が良い証拠」とか「たかが汗」などと、あまり深刻に捉えない親御さんもいるのですが、多汗症の患者さんは単なる汗っかきのレベルではない、止まらない汗に悩んでいる場合が多いです。その一方で、就寝中の発汗量はそれほど大量ではないのも特徴。まずはその悩みについて、理解を示す周囲の姿勢も大切です。

― 受診を検討する目安があれば教えてください。

 多汗症の診断基準となる項目は6つあります。他の病気など明らかな原因がないのに局所的に過剰な発汗が6カ月以上続き、以下の6項目のうち、2つ以上当てはまる場合は多汗症の疑いがあります。

【多汗症の診断基準】
①発症が25歳以下
②左右(手のひら、足の裏、脇など)同じくらい汗をかく
③睡眠中は、大量の発汗ない
④家族歴がある
⑤週に1回以上、必要以上の汗で困ることがある
⑥大量の汗が日常生活に支障をきたしている

 本人が悩んでいて、上記2つ以上に該当する場合は、専門医(皮膚科)の受診をおすすめします。

― 皮膚科では、どんな治療が行われますか?

 原発性局所多汗症の治療は、悩んでいる部位や症状の度合いによってさまざまな選択肢があります。塗り薬や飲み薬をはじめ、一人ひとりの症状や希望に合わせて複数の治療法を組み合わせる場合もあります。

【多汗症の治療方法】

塩化アルミニウム溶液の塗布(外用療法)

汗腺をふさいで汗の分泌を抑える塩化アルミニウム溶液を、一日1回、患部(手のひら・わき・足の裏など)にぬります。効果が出てきたら塗る回数を週2~3回に減らしていきますが、自己判断で中止すると再発する場合があるので、きちんと医師に相談しましょう。

塩化アルミニウム溶液の塗布(外用療法)

水道水イオントフォレーシス療法

水を溜めた容器に、発汗で悩んでいる手のひらや足裏をひたし、専用の機械から微弱な電流を流す方法。複数回の治療が必要です。

局所注射療法

ボツリヌス菌毒素を皮下注射し、交感神経からの発汗指令を抑制することで汗を抑えます。注射から1週間程度で汗の量が減少し、効果の持続は数か月程度。注射時の痛みに対しては、局所麻酔を使用する場合もあります。

局所注射療法

抗コリン薬(飲み薬・塗り薬)

抗コリン薬が副交感神経の働きを抑えることで、発汗を減らします。脇汗には9歳から、手汗には12歳から使用可能です。

抗コリン薬

 上記の治療で思うような効果が得られない重度の場合にはレーザーを用いたり、手術で交感神経を遮断し、その部位の汗を止めるという方法もありますが、術後に他の部位で汗が増える代償性発汗がおこる場合もあります。手術さえすればOKという考え方ではなく、塗り薬や飲み薬などをあわせて使用していく治療法が一般的です。

 昔は今ほど有効な治療法がなかったこともあり、多汗症で病院に通う人は少なかったのですが、現代では治療法が格段に進み、保険適用で受けられる治療も増えています(重症度や局所性の部位で異なる場合あり)。制汗剤を毎日欠かさず使用していた患者さんが、もはやその必要性を感じなくなったという例もあります。


まとめ

 季節を問わず異常な量の発汗に悩んでいる場合は、多汗症という病気の可能性があります。多汗症は、全身で発汗が多い全身性多汗症と、手のひらや脇、顔など体の一部で発汗が多い局所多汗症があり、近年特に増えているのが、原因が見当たらない原発性局所多汗症です。日常生活に支障をきたし、精神面に影響を及ぼす場合もあるので、上記【多汗症の診断基準】を参考にして皮膚科受診を検討してみましょう。

 今は、手汗や脇汗を皮膚科で治療できる時代。治療法も選択肢が広がり、保険適用の治療法も増えています。治療により必要以上の手汗が止まって笑顔になる患者さん、安心して勉強や部活に前向きに取り組む中高生の姿がたくさんあります。多汗症の治療は単に汗を抑えるということだけでなく、当人にとっては精神的負担の要因を取り除くことができ、心と体の両方に良い影響をもたらすとも言えるでしょう。 

佐々木豪院長
佐々木皮膚科